日本人造形作家のYuko Takada Kellerのホームページへようこそ。私はトレーシングペーパーを使って作品を作っています。1997年よりデンマークはコペンハーゲンの郊外Helsingeで暮らしており、現在は、デンマークをはじめとして他のヨーロッパ諸国、また日本で作品を発表するかたわら、デンマークに日本人造形作家を紹介する活動(展覧会企画)もしています。  

About myself and my work

私がトレーシングペーパーを使っているのは、作品のなかで透明感と軽やかな浮遊感を現出してくれるからです。でも、大学では織を専攻し、数年間羊毛素材のタペストリーを制作していました。大学に入る前、京都の美術館で見た北欧のタペストリーに魅せられたことがきっかけでした。

そして数年間タペストリーを織り続けている間に、しだいに何か違うものを自分の作品のなかで、表現したいと思うようになってきました。そこで、もともと織を始めるきっかけとなった北欧のタペストリーを見るために、旅に出ました。もちろん、現地で見たタペストリーにも感銘を受け、そのルーツを知ることもできたのですが、それよりも壮大な景観に魅せられました。それは今までに感じたことのない感動でした。

この旅から帰ってから、紙を使って作品を作り始めるようになります。
最初は、和紙を素材に制作しようと思いましたが、それでは北欧の自然のなかで感じた透明感を表現することができませんでした。その透明感を表現するために、さまざまな素材を使ってみました。 そして、ようやくトレーシングペーパーに出会いました。
"The Spread" は、トレーシングペーパーを使った最初の作品です。アクリル絵の具で彩色し、手でちぎって大量の紙片を作り、それらをミシンで縫い合せました。 それは透明感を感じさせ、いくつかの可能性を私に与えてくれました。それぞれの紙片は独自のリズムと方向性を持ちながら、全体として単なるトレーシングペーパーに終わらない何かを感じさせてくれたからです。

こうして、トレーシングペーパーによる、平面作品を制作していくうちに、もっと立体的な作品を制作したいと思うようになります。壁に掛けるだけでなく、空間を構成するような。
"Prismatic"は、空間に設置した2番目の作品で、お気に入りの作品のひとつです。それは、7、500個の三角錐で構成されています。 "Prismatic" のテーマは自然のなかで感じた光のシャワーです。この作品は、1991年にはイギリスを、1993年から1995年にかけてはカナダを巡回しました。

"Hazy forest"を制作していた時、トレーシングペーパーには透明感だけでなく、不透明感もまた存在していることを、意識し始めました。透明感と不透明感の狭間にある皮膜のようなものを感じたのです。ちぎられた小さな紙片たちを、平面状にのりで固め、それを空間に展示したわけですが、この技法を使って、いくつかの作品を制作してきました。そして、それらはしだいに規模が大きくなり、またパーツそのものが立体的になってきました

"Water fort" は、規模の大きい作品のひとつですが、夢でみたワンシーンから制作したものです。 その夢とは、こんなお話しでした。私は空を飛んでいました。それは水の上空でした。でもその水は海なのか湖なのか、それともどこか違うところなのか、わかりませんでした。でもその水は、本当に美しい水でした。私はその水の上に降り立ってみました。ところがそのとたん、その水は突然壁のように立ち上がったのです。そして、その水の間を通るようにして、歩いて行ったのです。私はよく、このような不思議な夢を見ます。そして、このような夢を見たあと、それが夢だったのかそうではないのか、わからなくなってしまうのです。ときどき、本当に夢なのか記憶なのか混乱して、たぶんそれは現実だと思ったりするのです。

1993年にタンザニアに行きました。そこは、本当に厳しい世界でした。水のない生活というものを、初めて経験しました。
人間だけでなく、この世の中のあらゆる生き物にとって、いかに水が重要なものであるかということを、強く感じずにはいられませんでした。もちろん、知識としては知っていたことです。でも、それは生命そのものを考える機会となりました。この旅から帰って、"Water roots"を制作しました。水は生命の源です。地下の奥深くに、計り知れないエネルギーが "Water roots"として存在することをイメージしました。

1995年に入って、私はちょっとしたスランプに陥りました。そんなに深刻なものではなかったのですが、そのとき自分の心のなかにある皮膜について考え始めました。私たちの心のなかにある皮膜は、ときに人間の欲望を誘惑し、また抑制します。仏教の教えによると私たちの心のなかには、108の煩悩があると言われています。煩悩とは欲望を意味するわけですが、この108ある人間の欲望を108のパーツを使って、象徴的に作品として表現したのが "Pleats of a mind"です。この作品は1996年にコペンハーゲンがヨーロッパ文化首都として選ばれ、その一貫として開催された”コンテナ96”という展覧会に出品したものです。

コンテナ96のオープニングにてマルガリータ2世女王陛下と

1996年以降、とても小さな三角形のピースを作品に使っています。その小さなピースは、分子を意味します。水や光や空気の分子です。分子としてのこの小さなピースで、あたかも点描するかのように描きたいのです。"Between the air"は、まさにその感覚で表現したものです。空気のなかに皮膜の存在を意識するとき、見えないものが見えてきます。 それは、私たちがすでに忘れてしまったものや、見ようとしていないものです。でも、私たちは忘れてはいけないし、見ようとしなければいけないのです。見えない世界のなかにこそ、価値あるものがあるのです。

"Expectation"は、デンマークに移り住む直前に制作した作品ですが、大量の小さなピースをワイヤーでつないであります。それは、私たちに降りそそぐ光でもあり、また私たちの夢に向かって、昇天していくそんなイメージです。

1997年春、デンマークでの生活が始まり、39歳にしてその年の暮れには息子を出産。人の命の尊さをあらためて考える機会を得ます。同時に、自分が生きてきた時代を振り返りながら、情報社会の波におされ、手で物を作ることの尊さが、失われつつあるこの現代社会に生まれてきた息子に、そしてその世代に、伝えたいことを作品にしたいと思うようになります。"C of Information"は、情報社会に浮遊する人間像を現わすと同時に、使用済みのCDROMをベースに使い、用が済めば簡単に捨てられていくものに対する皮肉も込めて制作したものです。この作品では、そういう意味もあって、アナログへの郷愁から折り紙のテクニックを使用しています。

デンマークへ移住して、最初の個展は99年Gjethusetにて開催。その後、2000年1月にPortalenで開催した時に制作した"Life of the Blue"は、私の作品の中でもここ10年の代表作と言える作品です。99年の春に母を亡くしたことから、母への想いと命そのものについて、さらに深く考える機会を得、制作した作品です。約50,000枚の小さな紙片から構成されていますが、一つ一つの紙片は、小さな見えない命です。見えないと言っても、それは見る力が私たちにないからで、ほんとうは見えなくてもすぐそこにも、ここにも、小さな命がたくさんあるのです。

トレーシングペーパーを使い始めた初期の頃は、私の作品が見る人に、何か純粋で自然な世界を思い起こさせることを願っていました。もちろん、私は自然が大好きで大切に思っていますが、自然のなかの純粋で美しいものだけを、みていたような気がします。トレーシングペーパーのなかに、皮膜の存在を意識し始めたとき、この世の中の自然で純粋なだけではない、もっと違う何かを表現したくなりました。そしてそれは、ときに私たちの心のなかにあるのです。

Yuko Takada Keller

 

トレーシングペーパーは透明性と不透明性をもっている
そこに存在する皮膜のようなものに興味がある
夢と現実の狭間にある皮膜
意識と行動の狭間にある皮膜
命が生まれるときそこにある皮膜
人の内にある皮膜
人が無意識に皮膜の存在を意識する空間を現出していきたい